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 気づいたら海にいた。どうも最近の私は夢遊病らしく不可解に遭遇してばかりいるので、あんまり驚かない。こないだなんか気づいたらビルの屋上だったし。海は静かで、時間にして深夜なはずなのに辺りはうっすらと明るかった。ここはどこなんだろう。こう静かだと気が狂いそう。…あれ?そういえば私の家はどこだっけ。波が満ち引く音を聞きながらしばらく砂浜を歩く。手には透明のビニール袋。歩くたびにがさがさと煩わしかったけど、捨てることはしなかった。何となく大事なものが入っている気がしたのだ。




「うーみーはーひろいーなーおおきーなあ」




 小さいころに聞いた歌を口ずさむ。このワンフレーズしか思い出せなくて、同じところを何度も歌った。うーみーはーひろいーなーおおきぃーなあ




「つーきがぁのぼるーし日がしずーむぅー」




 私ではない歌声にぱっと顔を上げると、男と男の子の間くらいの人がこっちを見ていた。にこっと微笑んだその人の目には涙。波のように光に反射するそれに目が離せないでいると、その人はゆっくり手招きして、言った。




「こっちにおいでよ」




 穏やかな声に中性的な、しかし凛とした顔立ち。近づくと随分と端正な顔をしているのがわかる。海に入ったのか全身ずぶ塗れで、濡れた衣服がはりつく体は鍛えられているように見えた。おもむろにその横に腰を下ろすと彼の足首に、ちぎれた赤い紐が頼りなく結ばれているのに気づく。私の足首にも同じ赤い紐があった。それもやはり千切れていた。彼は男のそれにしては高く、男の子のそれにしては低い声でさっきの続きを歌う。




「それ、何が入ってるの?」




 ビニール袋を指さし問う。私にもわからないと言えば、ひっくり返してみなよと彼。言われた通りにひっくり返してみると、赤いりんごが二つ出てきた。海水で洗って二人でかじりつく。果汁に喉が満たされる。そういやずっと喉が渇いて仕方なかった。芯を砂浜に埋めると、彼は私にキスをした。甘いりんごの味がした。陽はまだ、昇らない。




「君を好きだった」
「…うん」
「愛してた」
「…うん」
「本当に、愛してた」




 彼は静かに涙を流した。私も泣いた。何もわからないけれど、私はこの人を愛していた。本当に好きだった。ああもしかして今が夢の中なのかもしれない。夢の中で私たちは心中に失敗した恋人だったのかもしれない。何て素敵だろう。千切れた紐をもう一度結び直した。




「死にたい?」
「君がいるならどこでもいい」
「私も」
「だから生きたい」




 身体中の血液が沸騰した。それくらい私は怒りという感情に支配され、悔しくて悲しくて、どうしてだと彼を責め、気づいたら彼は私の下で死体になっていた。破けてしまったTシャツから覗く白い肩に、まだ新しい痣が刺青のように剥き出して、陽に照らされているのを無感情に見た。






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